ホモサピエンスの行く末

生物、地球全体を見たときにホモサピエンスが犯している最大の罪は環境破壊だろう。 重工業の発展。 石油、石炭、鉄鉱石の発掘。これらエネルギーを燃焼し二酸化炭素を発生させることで、地球温暖化をまねいている。 空気汚染や海、河川の汚染もともなう。 日本は科学技術により汚染も大分緩和されているが。

ヒトは農業を発展させ、医学を発展させ、政治を作り、人口を増やしてきた。減らしもしたろうが、確実に増えている。というか、地球の歴史から見たら、異常な増加といえる。

我々は何処へいこうとしているのか? 生物の常として自分のDNA を残そうとする。 そして家族、仲間、共同体。 自分にとって、大事な順に守ろうとし増やそうとする。そういった意味ではホモサピエンスは成功しているといえるだろう。 しかし、このままでいいのだろうか。 相変わらず、戦争の形を変えたテロは止まないし、格差貧困もなくなってはいない。核兵器化学兵器もなくならない。 ヒトは科学技術、経済の発展ばかりを優先してきたけど、良心、道徳、思いやり、そういった心の進化が追いついてないように思う。

人類に近い親戚、チンパンジーとボノボチンパンジーは明らかな男社会で、メスの発情期が短い為、オスの争いが激しく、常にヒエラルキーが存在し、階級闘争が絶えないという。殺しあいも辞さない時もあるとか。

一方ボノボはメスの偽発情期がある事により、オスが交尾をする機会が多く、チンパンジー程ギスギスしてないそうだ。 マザコン、お母さんが大好きで、お母さんのナンバーワンが実質群れのナンバーワン。 ヒエラルキーはあるが、殺し合いに発展することはなく、せいぜい餌を食べる順番ぐらい。 ボノボは数は少ないがチンパンジーとは、また別の進化をしている。

ヒトはどうだろう。 平和を愛し、歌う人は多いと思う。 しかし、一方でエゴは存在し、夫婦、親子間でも殺しもするし、民族、宗教間での争いもある。

自己顕示欲。俺を見て、私を見て、俺の話を聞いて、私の話を聞いて。 霊長類の性としてしょうがないけど。

まずいと思うのは、あまりに強大な武器を持っていること。 ヒトが争ってヒトだけが減るならまだいいが、核戦争は全ての生態系に被害を及ぼす。 どうも、核をなくすということににはいかないらしい。進化は止められない。

人間の内部の進化を加速させる。 哲学、宗教、思想、これら、自己をみつめる内面の進化が必要なのではないか。

ホモサピエンスのエゴを和らげる何かが必要。

彼方の君へ

 

私の国の相続税を100%にしてほしいと思っています。何故かというと、人は生まれながらの価値は平等であるべきだと思うからです。でもって実際はそうでありません。生まれながらに不平等があります。戦争の真っ只中に生まれた人、平和な国に生まれた人、金持ちの国に生まれた人、金持ちの家に生まれた人、貧乏な家に生まれた人、色々です。で、これはもうしょうがないかなと思っています。赤ちゃんを一同にかいし、ごちゃ混ぜにするわけにもいかないので。
政治の安定している国に生まれた人は、生まれながらによい教育を受けられます。特にお金持ちは英才教育を受けられます。
この不平等も目をつぶりましょう。
でも、でもですよ、死んだあとの財産まで残さなくていいじゃないですか?それは国なり国連なりに返しましょうよ。死んだら使えないのですし、自分の子どもには生きてる間に充分に教育を与えればいいじゃないですか。その人自身が稼ぎ、使いきり、でいいじゃないですか。残ったものは国に、出来れば、世界の子どもたちの教育に使う、でいいじゃないですか。そうすれば醜い相続争いもないし、ドラ息子も生まれにくい。向学心のある貧しい子どもも救われ、社会に貢献できる。どうでしょうか?

戦争について

何故、戦争が起きるのだろう。ほとんどの人が望んでいないに…

古今東西、戦争のない時代はほぼない。どこかしらで戦争が起きている。

内戦然り、テロ然り

動物も殺し合いはあるが、集団で手の込んだ殺し合いをするのは人間だけ。

個人間での憎しみは置いといて、やはり戦争は、それを誘導する指揮者がいる。

彼らが「行け!」と言わない限り行われないわけだ。

いざ戦闘になって、その殺さなくてはいけない相手に個人的に恨みがある場合はほぼないだろう。やはり上からの命令だから…そして擦り込まれた大義名分

「お国のために」「天皇陛下万歳」「アッラー万歳」「鬼畜米兵」

なかには家族を失った恨みをぶつける人もいるだろうが、それは家族を殺した犯人にではなく、その仲間達に向けられる。民間人を巻き込んでしまった場合は、こんな憎しみの連鎖も続いていく。

日本は太平洋戦争で310万人亡くなった人がいるらしい。

このなか310万人の中に死の直前まで、心底アメリカを憎んでいた人達がどれだけいただろうか。その場の空気、マスコミ、教師などから、アメリカはとんでもない国だと一方的な情報を押しつけられ、「そうか!日本を守らねば!」と思った人が多かったのでは…

実際、アメリカは戦後日本を植民地にもしなかったし、日本人を奴隷にも大量虐殺にもしなかった。台頭する共産主義国家に対しての資本主義国家を作る米英式の生活をさせ、商品を買わせる等のねらいはあったのかも知れないが、非人道的ではなかった。

その後の日本の立ち直りを考えれば言うほどひどい事はしていない。ただ、原爆だけは別だが。

太平洋戦争は310万人の死亡者、街の壊滅状態を思うとやはり大きすぎる犠牲だった。

ハルノートを無条件にのめば、なんとか回避できた。東条は軍部に殺され、軍隊は暴走した可能性もあるが、民間人の被害はここまでなかっただろう。当時の世論を考えれば非常に勇気のいる決断ではあるが…。

ハルノート…実質、大陸からの全面撤退。

これを受けるには、国民、軍の許されない雰囲気があったのだろう。多くの戦死者をだして、満州、朝鮮の支配を勝ち得たのだから…

犠牲をだして得たものを、捨てるのは難しい事だと思う。だからこそ犠牲をだして得ることはやめた方がいい。その犠牲とは人の命なのだ。

アメリカに本気で勝てると思った軍人はどれほどいたのだろうか。日本は大戦をしてどの位置に行きたかったのだろう。英、仏、米、露との対等な関係だろうか。

日清戦争からの流れをみると、日本はまだ外国と戦争が出来る政治力、経済力、軍の統率力がなかったように思う。

しかし、日清戦争に勝ってしまった。

そして、多大な犠牲があったが日露戦争もなんとかしのいでしまった。

そして、列強やアジアの国に認められてしまった。

ここで、軍は発言力を増し、政治家は軍隊を抑えられなくなったのだろう。

 

軍人は暴走する可能性がある。そして軍人は戦争以外の情報に疎く、体育会系で戦争が好きである。やはり、軍人になったら一度は戦争してみたい、が本音じゃないか。徴兵で無理やりさせられた人は別だけど。

軍隊が統率を取れなくなり暴走を始める。

アメリカに石油を止められる。

日中戦争をしかけなければ、多分アメリカは石油をとめていない。

70%の石油をアメリカに依存していたという日本は何故アメリカを敵に回したのだろう。

三国同盟をしかけた松岡はアメリカと対等な交渉をしたかったからというが、石油を70%も依存している時点でアウトじゃないか。下手にでて別の石油ルートを見つけるまで辛抱するしかないじゃないか。

全てにおいて力不足、人材不足じゃないか。

日本は日清戦争からするべきでなく、もっと内政に力をいれるべきだった。そして自衛は水際で行うべきだった。朝鮮半島の優位性を保つ必要は全くなかった。もっと政治家を育て、外交力、軍隊を統率する法律をつくるべきだった。

命より尊いものはない。名誉は命に命乞いをしなさい。

死んでも、天国にも行けないし、英雄にもなれない。

それは生きてるからこそ思えるのだ。

言葉

言葉。この起源はなんだろう。

言葉。人は言葉で考えている。俺はそう日本語で何かを考えている。あれしなきゃ、これしなきゃ、あれしたい、これしたい。

フェイクニュース。嘘の情報。本当の事。

誰が本当の事を言う?

本当の事ってなに。嘘ってなに。

美しいと思うこと。旋回する鳥の群れ。子供の無軌道な動き。

なにも考えず、思考せずに、細胞のままに動く様は美しいと感じる。感じたことが本当の事なのか。本当の事が知りたい。

言葉のない世界。

25の時に一ヶ月間、英語もヒンズー語も分からず、一人でインドに行ってきた。

その時、全く言葉が通じず不安にかられた。と、同時にドキドキとワクワクもあった気がする。

蒸えたぎるようなにおい。行き交う訳のわからない言葉。むせかえるような暑さ。拡声器から流れるイスラムコーラン

言葉でない五感で感じていたと思う。

しかし、食べる、寝る、排泄する、この基本的な行為すら言葉がなくては相手に通じない。全てが一苦労だった。

 

ミーンストリート

マーチンスコセッシ監督の70年代の作品。

はっきり言って面白くはない。

話の筋はなく、アメリカのリトルイタリーにすむ、チンピラの話。

妙な贖罪意識を持つ半端もののハーベイカイテルと、女と酒が好きで仕事も続かず借金だらけの、デニーロの友情物語。

ハーベイカイテルの叔父さんはマフィアの大物みたいで、彼はそのおかげで、周りから一目おかれ、レストランの経営を任されようとしている。だが、ハーベイはそこまで乗り気でなく、破天荒なデニーロの面倒を見る事で、自分の罪の意識を取り除こうとする。

デニーロはカイテルの事等、お構いなしに、無軌道に進んでいく。

ジャンピングカットや、説明セリフの排除、唐突なスローモーションと、スコセッシの若さみなぎるパワーが感じられる。

しかし、筋がないので、終始断続的なのだ。観客?知るか?これが俺の生きざまだ!って感じが、カッコいい。デニーロのスローでの登場シーン。ベットの上で恋人に指でピストルを打ち、銃声の効果音を使うシーン。車が激突して水道管が破裂し、噴水のように上がるシーン。脳内に映像を焼き付かせる。詩人だなーと思う。あとから、じわじわくるような映画だ。

鬱屈した若者にお勧めする。

黒 白 グレー

人間は汚いところ、きれいなところがある気がする。

ほとんどの人がそうだ。完全に清廉潔白な人もいないし、完全な悪人もいない。

両方合わせ持っている。清濁あわせもつ。

今の世の中の閉塞感。

表向きはみんな善人をよそおっている。

不倫ダメ、汚い言葉使わない、悪口を言わない、いじめダメ、エロ禁止、賭博ダメ、酒ダメ、麻薬ダメ。健康第一

でも人間て、そこに魅力も感じてもしまう。いわゆる悪に。

歌舞伎町、歓楽街の毒々しさ。色街、ホスト、ホステス、金、贅沢な食事。

私利私欲、それが人間の本質。

自分の欲に突き抜けて進む時、感じるのは孤独。そして生きてはいけない、ひとりぼっちでは。他人の協力、ぬくもり、優しさが必要だったりする。

結局、相反する欲求を持ってしまっているのだろう。遺伝子レベルで。

実名ではものすごい紳士淑女、リアル充実ぶりで、投稿。偽名ではドロドロした悪口を吐き出す。本気で相手を叩いたり、いじめたりする。

人間の原罪を思う。氷点。

現在生き残っている僕らは犯罪者の末裔なのだ。

いい人たち、弱い人たちは悪い人たち、強い人たちに殺された。女たちは生き残るために悪い人たちの遺伝子を受け入れたろう。

僕らはその子孫。

 

自意識についての考察

自意識― 自分自身についての意識。周囲と区別された自分についての意識。自己意識

デジタル大辞泉

 

自意識とはなんだろうか。

自分という意識、自分という存在、自分が他者からどう見られているか。

人間は生まれてから、いつ自意識が生まれるのか。

人間の祖先は、いつ自意識が生まれたのか。

生まれた時、人は裸のまま。赤ん坊に自意識はない。

アダムとエバ。類人猿も裸だった。

聖書ではアダムとエバが知恵の実を食べ、裸でいる事を恥ずかしく思ったという。

赤ん坊は生まれたらすぐに、病院で服を着せられる。恥ずかしさなど何もないのに。

ヒト以外の生物も裸のままだ。

人間は自意識を重ね、複雑な思考をする事により、より不自由になってしまっているのではないか?他人にカッコよく思われたい。自分の能力以上のものに見てもらいたい。

実は他人はヒトの事等、そんなに気にしていないというのに…

気にしているのは自分がどのように見られているのか、自分の感情だけだというのに。

だから、『ありのままに』なんて言葉に安心したりする。

本当は、他人の目など気にせず、忘我のまま生きたいのだ。

酒、ドラッグ、ギャンブル、皆、忘我をしたいだけじゃないか?

物を書いても他者を意識する。絵を描いても他者を意識する。歌を歌っても他者を意識する。

褒められたら嬉しいし、けなされたらガックリする。

でも本当はそんな事気にしないで、踊りたきゃおどりゃいいし、泣きたけりゃ、泣けばいい。

もっと、動物的に生きた方が幸せなんじゃないかと思う。

もし、動物や植物が言葉を話せたら、多分、そんなに悪口とか嘲笑ってないんじゃないかな。

「好き」「きらい」「まずい」「おいしそう」ぐらいはあるだろうけど。

子供のあるがままの姿は気持ちがいい。他人に気なんて使わなくていいのに。

他者との衝突もあるだろう。でも、他人の評価、嘲笑なんて、ハ?うるせえっ!ていってやりゃいい。