トロイラスとクレシダ 小田島雄志訳

トロイとギリシャの戦争が舞台。トロイの王子トロイラスとクレシダの恋を中心に、戦争と性をテーマとして、人間の可笑しさを描く群像劇。

以下、印象に残ったセリフ

「同じ仮面で序列がかくされると、もっとも卑しいものまでりっぱに見えてしまいます」ユリシーズ

ギリシャ陣営の戦況が悪いのは風紀の乱れだと、ユリシーズが指摘する。

勇猛で影響力のある武将、アキリーズがやる気がなく、ギリシャの作戦を嘲笑していることが、士気を下げてしまっているという的確な考察。

 

「やたらに道理ばかり詰めこまれたら、勇猛心も名誉心も兎のようにびくついてくる」トロイラス

戦争の発端であるヘレンを引き渡すことを、プライアム王と兄ヘリナスが決めようとするが、トロイラスはトロイの名誉が失墜すると反対する。

理屈で考え過ぎると行動が滞るという現代にも通じる格言。

 

 

「欲望に火をつけるのは目と耳です、この二つは欲望と分別のあいだに横たわる危険な海の水先案内ですから」トロイラス

トロイラスは女性の美しさへの欲情を目と耳による危険なものと悟りながら、あえてそこに埋没し、それこそが男たるゆえんといった、潔さをもっている。

 

 

「秩序ある国家には必ず国法がある、それが自然の法則にそむく度しがたい欲望にたいし、暴れ馬を制する轡の働きをするのだ」ヘクター

国を代表する王や王子が法律の必要性を語る。

国の暴走を防ぐ憲法の芽生えを感じる。

 

 

「高慢な人間はおのれ自身を食いものにする、高慢はおのれ自身の鏡であり、おのれ自身のラッパであり、おのれ自身の記録なのだ」アガメムノン

高慢はその人自身を滅ぼしていってしまうという戒め。

 

 

「世間の評判てやつは皮の上着みてえなもんだ、それを着こんだらそっくり返ったまま身動きもできねえ」サーサイティー

おだてられて調子に乗ってしまったエージャックスを皮肉ったセリフ。他人のおだてや賞賛の怖さ。

 

 

「私の胸にはまだあの女を固く信じる心がある、かたくなまでに強い希望がある、そしてそれが目や耳の確かな証拠をふたしかなものと思いこむのです、目と耳とかはただ人を中傷するために作られた欺瞞の器官にすぎないように。クレシダはほんとうにいたのですか?」トロイラス

クレシダの裏切りを目の当たりにしたトロイラスの嘆き。目の前で起こったことが信じられず、自分の五感を疑ってしまう。トロイラスのクレシダを信じたいという切なさ。

 

 

「セックスだ、セックス、いつだって戦争とセックスだ、ほかのものはなにひとつはやりやしねえ。どいつもこいつも梅毒にとっつかれるがいいんだ」サーサイティー

いつの世も人をとりこにするのは暴力とセックスということ。

 

 

「おれの運命を青空のように済みわたらせるものはおれの名誉なのだ。いのちを愛さぬものはない、が、愛すべき人間はいのち以上に名誉を愛するのだ」ヘクター

あまりに気高い人間。武士の気高さ。

 

 

「私をとめられるのは死だけだ」トロイラス

絶望を憎しみに変え、戦争にたたきつける。

 

 

●感想

ラストがフワッとした感じで終わり、それぞれの人物たちのその後が見えないので、まとまりや完成度に欠ける気がする。が、男と女の裏切り、嫉妬、名誉心。そこからくる戦争と破滅、精神崩壊。そのあたりが、後の『ハムレット』『オセロー』に続く、シェークスピアの傑作悲劇の源流になっていると思う。