暗い影を、長い影を残したそれ
見えている景色。世界の果て。生と死。光と影。
わたしは死に近い仕事をして、死と間近に接して何を想うか。
自ら死を選ぶ人たち。
総じて人の世は自死を良しとしていない。ほとんどの宗教は自死を認めていない。
ネット上でもそんな言葉を発したらはじかれてしまう。
でも、一定数、かなりの数の方々が自ら死を選ぶ人もいる。
そこにはどんな事情があるのかは、結局は本人にしか分からない。
ただ、一方的に自死を選んだ人たちが悪いとか、地獄に落ちるとか決めつけるのは、まったく理解できない。
反論をすれば、太平洋戦争中の決死隊の方々。白虎隊。新大久保で線路上に落ちた人を助けるために命を絶った韓国人の若者。暴走列車を止めるために、自らの身体を投げたした『塩狩峠』のモデルにもなった長野さん。自分の信念を貫くために、自ら死を選んだ人たち。
日本でも切腹という文化があった江戸時代の前には多くその選択をした人はいたであろう。
世界でも宗教や哲学、自分の信念を貫くために、迫害への抵抗として自ら死を選ぶひとたちがいた。
こんな人達をみな否定することが、この人生を否定することが果たしてできるだろうか?
もしかしたら自死は人だけができる崇高な選択だともいえるのではないだろうか?
もちろん自死を称賛するつもりも、推奨するつもりもない。
自死を選んだ人たちの遺族の悲しみは、とてつもなく深い。
涙も流せない人もいるし、何もできなかったと、自らを責めてしまう家族もみてきた。
その人達に掛ける言葉はないし、目を背けてしまいたい場面でもある。何でと。
その答えは、亡くなった方々しか分からないし、永遠に家族が、ましてや赤の他人がわかることではない。
そこに残された遺族に救いがあればいいと思う。
暗い影を長い影を残したそれは、我々に何を語るのだろう。