宗教と哲学 出口治明著

出口さんが何とも凄い本を書いてくれた。古今東西の宗教と哲学を網羅した百科事典。いや、百科事典ほど、細かく書いているわけではない。 世界史に深い造詣もつ出口さんが、腕のいい植木職人のごとくバッサバッサと枝葉末節を切って幹だけを残し、その当時の時代背景、政治、気候も考慮し非常に分かりやすく、人間の知の歴史を見せてくれる。

 

出口さんと言う人は、もの凄く難しい出来事や哲学を『これはこういうことでしょ』とズバリ核心を突いてしまうのが本当に得意だ。猛牛の心臓をムンズと鷲掴み、「この生き物の動力は、コレね」と言われているような。圧倒され、納得してしまう。僕はキリスト教、仏教には結構詳しいと思っていたが、それも核心はコレ、と提示され、あ、そうかあ、と納得させられ、さらに目から鱗の裏知識まで教えてくれる。個別の宗教や哲学に詳しい人も、この本に難クセはつけられないんじゃないかと思う。哲学、特に宗教はコアな信者、熱狂的なファンがいる。だからそうおいそれとは語れない。でも、出口さんは剣豪のごとく切り裂いていく。この本を読むと多分、居酒屋で得意げに哲学や宗教を語ってしまうだろう。

出口さんは哲学と宗教というのはザックリ言えば

『世界はどうしてできたのか、また世界は何でできているのか?』

『人間はどこからきてどこへいくのか、何のために生きているのか?』

を真摯に考えることだという。彼らはこれらを言葉で表そうとした。

何百年、何千年前に哲学者が考えたことが今の科学で証明されてきたことにかなり迫っていることに脅威を覚える。

出口さんは人間の脳は一万年前の農業革命からそんなに進化していないという。実際この本で紹介される哲学者や宗教家の考え方は、時と場所を越えてリンクし、アップデートされているものはあるが、ベースはギリシア哲学、中国の諸子百家、インドのバラモン教、最古の宗教ゾロアスター教と紀元前500年前に議題、ある程度の考え方は出揃ってしまっているといえる。それを混ぜたり捏ねたりしながら、新しい哲学、宗教が生まれている。

本当に全編面白いのだが、中でも諸子百家荀子孟子性善説性悪説の対立を、教育の社会システムとして捉えた方が面白いという考え。ヘーゲルの三人の息子が、キルケゴールマルクスニーチェであるという捉え方は特に印象的だった。このように哲学者の考え方を提示するだけでなく、出口さん独自の視点も紹介してくれる。

出口さんはストア派哲学が好きだそうだ。ストア派哲学は時代や人によって考え方は違うけど、今の自分をベースに強く逞しく生き抜いていこうという考え方。ニーチェサルトルがアップデートしている。

この本を読んで改めて考えることは、やはり神という存在を自分にとって何処に置くのか、というのは大きなテーマだな、ということ。偉大な哲学者、宗教家たちもここでかなり頭を悩ましている。哲学者たちは大概、神を否定している。多分、神というのはジョーカーなのだ。それを出したらお終いというか、思考が止まってしまう。ローマ帝国キリスト教を国教としたことが、哲学と自然科学の発展を遅らせたことは否めない。神への否定、疑いがないと、哲学、科学は進歩しない。ギリシャも神話の否定から哲学が生まれた。しかし、傲慢になりすぎてもいけない。環境破壊は人間の傲慢そのものだと思う。それを防ぐ為に宗教、神というトリガーも必要だと思う。

気になったのは出口さんが紹介した哲学者、宗教家たちには、女性がいなかったこと。出口さんはフェミニストだと思うので、純粋に世界に残す哲学、宗教はまだ女性からは生まれていないということだろう。それは昨今まで続いていた世界的な男尊女卑のせいだろう。やっと現代になって女性が活躍しだした。僕は新しい哲学、宗教は女性から生まれるのではないか、と予感している。

僕は無為自然老荘思想に考え方は近いのだが、ストア派的な生き方にも憧れる。イデア論を提唱したプラトンは80歳まで生きて、かなり考え方が変化していったという。
自分も常に未知の考え方に目を開いて、自分にとって真に快い思想を受け入れていきたいなと、思う。