ハムレット 小田島雄志訳

父が死んで、すぐに伯父と結婚してしまった母親に嫌悪を覚えていたデンマークの王子ハムレットが、父親を殺したのが現国王の伯父だと知り、人間不信に陥るおはなし。

この作品も言わずと知れた名作だが、正直に言ってそこまで好きになれない。ハムレットが潔癖すぎて共感できないし、悩みすぎていて、行動があとからきてしまうので、イライラさせられてしまうのだ。この悩みが胆なのだろうとは思うけど…。以下、気になったセリフと共に傍白してみる。

『人間は最初に死体となったものから今日死んだものまで、「これが運命だ」と叫んでいるのだ』国王

国王の生命に対する悟りがみえる。

『母上をこの上なく愛され、外の風が母上の顔に強くあたることさえ許さぬほどだった』ハムレット

どんだけー

『人間、成長するときは、手足だけが伸びるのではない、肉体という殿堂が大きくなるにつれて、そのなかの心や魂の働きもともに伸展していくものなのだ』
『つねに愛情のしんがりに身をおいて、欲情の矢面に立つ危険を避けるがいい』レアティー

ハムレットに求愛を受けている妹のオフィーリアを心配してのセリフ。娘をもつ身としてはよくわかる。

『大丈夫かしら、罰当たりの神父様のように、私には天国へのけわしい茨の道を教えておいて、ご自分は身をもちくずした放蕩者のように歓楽の花咲く道を歩んでご自身の教えを忘れてしまう、そんなことはないかしら』オフィーリア

心配する兄レアティーズに対しての返歌。二人の兄妹愛、知性を感じさせる。

『喧嘩には巻きこまれぬよう用心せねばならぬが、一旦巻きこまれたら相手が用心するまでやれ』
『なにより肝心なのは、自己に忠実であれということだ』ポローニアス

フランスへと旅立つ息子のレアティーズへのはなむけの言葉。人生訓。

『やさしいおことばで赤ん坊のように喜んでおると、やましい思いで赤ん坊を生まされることになるぞ』ポローニアス

娘オフイーリアへの忠告。ユーモアを交えることで、ギスギス感がなくなる。

『すべてはそのたった一つの欠点のために、一般の目には腐ったものとうつるのだ』ハムレット

祝宴で騒いでいる国王たちを憂えてのセリフ。ハムレットの潔癖さ、気高さ、完全主義が伺える。一般人にとっては別にいいじゃーん、と思うけど、いずれ王となるものとしてはそうもいかない内面があるのだろう。

『見も知らぬあの世の苦労に飛びこむよりは、慣れたこの世のわずらいをがまんしようと思うのだ。』ハムレット

死に向かう復讐への行動になかなか踏み切れないハムレットはある意味、リアルな人間像といえる。

『感情が高じて激流となり、嵐となり、旋風となるときこそ、それを静かに表現する抑制が必要なのだ』
『芝居というものは、昔もいまも、いわば自然にたいして鏡をかかげ、善はその美点を、悪はその愚かさを示し、時代の様相をあるがままにくっきりとうつしだすことを目指しているのだ』ハムレット

ハムレットが役者に注文をつけている。これは演出家や役者へのテーゼ、演劇論だ。役者でもあったシェークスピアの演劇への姿勢がかいまみえる。

『理性と感情がほどよく調和していて、運命の女神の思いのままの音色を出す笛にはらなない』ハムレット

ハムレットがホレーシオを褒めるセリフ。粋な褒め方。

『芝居が終わったら、二人の意見をもちより、判断をくだすことにしよう』ハムレット

ハムレットがホレーシオに向けたセリフ。重要な決断をするにあたり、精神的にまいっている自分だけの認知だけでなく、第三者のホレーシオの認知にも頼る慎重さ。憔悴している状態でも、ハムレットが冷静で頭脳明晰なことが分かる。

『決意はしょせん記憶の奴隷にすぎぬ、生まれるときは激しくとも、たちまち消え失せる』
『みずからに課した負債は、人のつねとして、支払いを忘れるのが必然の成り行きだ』
『愛に時がうち勝つか、時が愛にうち勝つかは、いまだわれらのよく知るところにあらず。』劇中の国王

劇中国王が王妃に向かって言うセリフ。誓いや決意の儚さ、移ろいやすさを嘆いている。潔癖なハムレットの嘆きを代弁しているとも言えるか。

『その点、舌と心はおたがいに裏切りあってほしい。舌がどのように激しく母上を責め立てようと、心よ、そのことばを実行に移す責めだけは負うなよ』ハムレット

ハムレットが母親を問い詰めようとする前に、怒りのあまり過ちを犯しそうになる自分をいましめる。

そして、ハムレットと王妃の次のやり取り

『このような堕落しきったいまのよのなかでは、正義が不正に許しを乞い、不正をただすにも頭を下げて許可を求めばならぬようだ。』ハムレット
『ああ、ハムレット、あまえはこの胸をまっぷたつに避いてしまった。』王妃
『それならその悪いほうをすて、いいほうだけ残して、清らかな日々をおすごしなさい』ハムレット

なんという皮肉、なんという切り返しだろう。知性は凶暴なまでに相手の精神を傷つける。

『ポローニアスはどこにいる?』国王
『天国に。使いをやってごらんなさい。そこにいないとなると、もう一つのところでしょう』ハムレット

なんとおしゃれなセリフ

 

あまり好きではない割にはたくさんアンダーラインを引いてしまった。ハムレットは深すぎてまだ、僕の理解が追いついていないのかもしれない。英語がわかればその深さをより味わえるのだろう。映画監督のサタジット・レイが黒澤明の『蜘蛛の巣城』(原作はマクベス)を見て絶賛してこう言ったという。「黒澤は英語が分からないからシェークスピアの魔術にはまり込み過ぎず、『蜘蛛の巣城』を作ることが出来た」と