ジュリアス・シーザー 小田島雄志訳

カリスマと実力を併せ持ち、時に独裁的であるローマの将軍シーザーが、それに反発するグループに暗殺され、新たな権力争いが生まれるお話。

題名はジュリアスシーザーなのだが、シーザーはあまりメインとして登場しない。むしろシーザーを巡り、右往左往する周りの人物たちの群像劇といえる。「桐島、部活やめるんだってよ」で桐島がでてこない、みたいな感じ。

そのなかでも、注目するのが「ブルータス、お前もか」のブルータス。彼はシーザーの寵愛をうけていたが、独裁的になり、王とならんとするシーザーの野心に危惧を覚えている。

頭脳鋭敏でシーザーから敬遠されており、ライバル心と嫉妬の思いでシーザーを見つめているキャシオスもメインキャラクター。ブルータスを暗殺グループに引き込む。

シーザーから愛されたアントニーも重要人物。シーザーが殺され、自分の立場もあやうくなるが、機転をきかし、暗殺グループを煙にまいて、市民を見事な演説で扇動し、形成を逆転させる。

当時のローマはまだ、都市国家でこれから帝国になっていこうかという過渡期だった。王様がいなく、複数の優秀な人たちが議論をしながら、国を治めていた。類まれな能力を持った、シーザーが嫉妬の対象になったことは確かだろう。

以下、印象に残ったセリフ

「おれのそばにいるのはふとった男だけにしてほしい、髪をきちんとなでつけ、夜はよく眠る男だけに。あのキャシアスはやせて飢えた顔つきをしている、あの男は考えすぎる、ああいう男は危険だ」シーザー

シーザーの人間に対する見方が分かる。差別的であるが、確かに鋭敏で頭が切れる人は痩せているイメージがある。シェークスピアの人間観察眼。

「そのときはこの短剣でみごとわが胸を貫いてみせる。キャシアスは奴隷の境遇からキャシアスを救い出すぞ」キャシアス

シーザー暗殺への強い意志を感じる。

「知ってもらいたい、いまおれが忍んでいる圧制はおれの心次第で払いのけることができるということを」キャシアス

抑圧されている人間には、勇気をもらえる言葉だ。

「精神の支配者たる理性と、その臣下たる感情が激論を戦わせはじめる、そうなるとこの人間という一個の世界が、小さな王国のように、内乱状態におちいってしまう。」ブルータス

「心の葛藤」ということを、こうも面白く素敵に表現してしまう。

「陰謀よ、愛想笑いにおのれをかくすがいい」ブルータス

ブルータスの暗雲たる気持ちが表れている。

「ずる賢い主人がよくやるように、われわれの心は、召使いである手をそそのかして乱暴を働かせておいて、あとで叱りつける顔をせねばならぬ」ブルータス

支配者のやり方。

「同様に熊なら鏡、象なら落とし穴、ライオンなら罠、人間なら追従を使えばいい、といった話なのだ。そこで、あなたは追従がきらいですねといってやれば、そうだと答える、それがいちばんの追従だと気づかぬにな」ディーシャス

追従が人間にとって危険なものだと教えてくれる。

「私はあなたの愛の本宅にではなく、街はずれに住んでいるのですか?であればポーシャはブルータスの娼婦です、妻ではなく」ポーシャ

ポーシャが悩んでいる様子のブルータスに向けて、悩みを打ち明けるよう説得するセリフ。ポーシャの愛、知性が伺える。

「臆病者は死ぬまでに何度も死ぬ思いをする、勇者が死を味わうのは一回かぎりのことだ。おれもこれまで、さまざまな不思議を耳にしたが、なかでもわからぬのは人が死を恐れることだ、考えても見ろ、死とはまぬがれがたい帰結だ、くるときには必ずくる」シーザー

シーザーのメンタルの強さ。考え方の明確さ。死生観。

「野心が負債を支払っただけだ」ブルータス

暗殺を遂げたブルータスがはなったセリフ。ブルータスの高潔な感情。決して、憎しみや嫉妬からの行為ではないのだ、という精神の叫び。

「流血と破壊がありふれた日常茶飯事となり、どんな恐ろしい光景も人々の目を驚かさなくなり、ついには赤子が戦争の爪に八つ裂きにされるのを目のあたりにしても、母親はほほえむだけとなるだろう」アントニー

シーザーが暗殺され、その後のイタリアの混乱を案じてアントニーが言うセリフ。見事にこの世の地獄を表現している。

「あとはなりゆきまかせだ。わざわいのやつ、動きはじめたな、好きなところに行くがいい!」アントニー

演説によって市民を味方につけ、暴動を始めた様子みてはなったセリフ。粋なセリフ。

「覚えておくといい、愛が病み衰えはじめると、きまってわざとらしい儀礼を用いはじめるのだ」ブルータス

悲しい教訓。

この作品は明らかな悪人、善人が出てこない。人間をリアルに描く。ノンフィクションに似た面白さをもつ作品だ。